【ミクロ経済学1】経済学を理解するための4つの考え方 | 経済学とは何か?

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物事にはトレードオフが存在する


何かを重要視すると別の何かがおろそかに

世の中の全ての事象には、トレードオフが存在します。
何かを改善しようとすれば、別の何かに悪影響が出るかもしれません。

身近な例で考えてみましょう。

あなたが、社会人1年目で、恋人と付き合って間もないとします。
社会人1年目だからと言って、仕事ばかりしていたら、恋人に別れを告げられてしまうかもしれません。
逆に、付き合って間もないからといって恋人と遊んでばかりしたら、会社での出世コースから外れてしまうかもしれません。

恋人をとれば会社に、会社をとれば恋人に悪影響が出る可能性がありますね。

これが、トレードオフです。

では次に経済学っぽく日本経済を例に出して考えてみましょう。

政府の歳入を増やす必要がある局面において、個人の税金を上げるべきか、法人の税金を上げるべきか?

国会で頻繁に議論になる内容ですね。

この議題は、言い換えると下記の様にも言えます。

企業と個人どちらを優先するか?

しかしながら、このトレードオフもっともっと広い視野で見ていく必要があります。

仮に法人税を引き上げたら、企業はその分の資金をどこから捻出するのか?
おそらく商品の値段を上げて消費者から今まで以上にお金をとる可能性が高くなります。
または、賞与のカットや手当の減給の可能性だってあります。

そうなると、先ほど「個人」を優先して法人税を上げたつもりが、結局のところ企業ではなく個人が打撃を受けることになってしまいます。

トレードオフを考える際には、必ず表面上だけではなくその背景や先にあるものを見据えて結論を求めていく必要があります。

なお、上記の様なトレードオフを考えるにあたって、人々の意思決定や行動を変化させるような要因のことをインセンティブと言います。

インセンティブと平等のトレードオフ

契約などにおいてインセンティブを強化すると必ず平等性が失われる。例えば、ある企業の雇用契約において出来高払いの部分を大きくするとインセンティブは強化されるが、結果として、その企業の中での従業員間の給与の平等性は失われる。この概念は、経済学の様々な場面で必要になる考え方である。なお、このインセンティブと平等のトレードオフは、平等性が高まるほどリスク(あくまで「何らかの要因で上下に変化しうるもの。良くも悪くも変化しうるもの」という意味で基本的に用いられている英語の「risk」。日本語の「危険」という意味ではない。)が減少するという関係にあるため、インセンティブとリスクのトレードオフとも関連している。

出典:wikipedia






社会の秩序は利己的な行動がつくっていく


アダム・スミスの国富論

経済学の父と言われているアダム・スミスは、著書の国富論でこの様に述べています。

各人が社会全体の利益のために努力しようと考えているわけではないし、自分の努力がどれほど社会のためになっているかを知っているわけでもない。(中略)
だがそれによって、その他の多くの場合と同じように、見えざる手に導かれて、自分が全く意図していなかった目的を達成する動きを促進することになる。
そして、この目的を各人がまったく意図していないのは、社会にとって悪いことだとはかぎらない。
自分の利益を追求する方が、実際にそう意図している場合よりも効率的に、社会の利益を高められることが多いからだ。

引用:『国富論 国の豊かさの本質と原因についての研究 (下) 』

ここで述べられている「見えざる手」というのは、自分の利益をひたすらに追及することにより、自分の知らないうちに他の人や社会に利益を与えることがしばしばあるという考え方です。

例えば、近年流行しているiPhoneは元々Apple社が利益をあげるために他者との差別化をベースに開発されました。
しかし、結果的にApple社の利益だけが上がっただけかというとそうではなく、iPhone関連での市場が大きくなり関わる多くの企業の利益を上げることになり経済に良い影響をもたらしました。
また、私たちの生活もスマートフォンによって、より便利になったと言えるでしょう。

他にも、利益を上げようと思って住宅街にコンビニを作ったら、住民たちの暮らしが便利になったり、広告収入を得るためにアクセス数の集まるポータルサイトを作ったら、様々な情報が瞬時に手に入るようになり結果的に私たちの生活を豊かにしてくれたり、あらゆるところでこの見えざる手は働いています。

もちろん、アダム・スミスが補足しているように、この見えざる手は万能ではなく、それによって世の中の苦しみや問題が解決されるわけではありません。
それでも、利己的な心が世の中を動かす原動力であることは事実です。






あらゆるコストは機会費用だ


何かを選ぶことは、何かを捨てること

何かを選ぶ際に必ず何かを捨てていることに気付いているでしょうか?
このとき選ばれなかったもののことを、経済学の言葉で機械費用と言います。

例えば、親が子供に家庭教師をつけるべきか否かを迷ったとしましょう。
その際には、子供に家庭教師をつける為の費用だけではなく、親が子供の勉強を見ることによって発生する機会費用にも着目する必要があります。

子供の勉強を見る時間を月に80時間とします。
もし仮に外で80時間パートをしたら月額8万円が稼げるとします。
この場合、親が子供の勉強を見ることによって発生した機械費用は月額8万円です。

仮に家庭教師の費用が月額5万円で高額としても、経済学的には親が勉強を見るよりもコストがかからないと考えられます。

また、機会費用には金額だけで測ることのできないコストも含まれます。

塾に通勤する際の移動時間、自炊をする時間などはもちろん、一時的な食べ過ぎも後でダイエットする時に掛かるコストを考えると多額の機会費用と言えるでしょう。






需要と供給


価格を決めるのは生産者ではなく市場

需要とは、ある商品を買いたいという意欲で、供給とはある商品を売りたいという意欲です。

最近では、ネットショップなどの流行でこの需要と供給の動きを一般の人が目にする機会が非常に多くなってきました。

例えば、クリスマス時期になどに一部のおもちゃの価格がネットショップ全体で高騰し、正月を過ぎたあたりからじわじわと下落するといった光景を見たことがないでしょうか?

高騰はクリスマス時期に増加する需要に対して、供給量が追い付かないため起きる現象であり、下落は増えてきた供給に対して需要がそこまで高くない為起きる現象です。

2014年に世間を騒がせた妖怪ウォッチ。ヤフオクでは、レジェンドメダルの中でも一際レアな「ブシニャン」がなんと1枚50000円で取引されているケースもありました。

逆に1999年に発売された「俺の屍を超えてゆけ」という超人気ゲームの続編「俺の屍を超えてゆけ2」などは、世の中の期待とは裏腹にその完成度の低さから一気に需要が低まり、発売からすぐに定価の半額まで相場が下がるということが起きました。
前作の「俺の屍を超えてゆけ」の新品はいまだに定価の3倍以上の値がついているからまた不思議です。

豊作時の農作物の価格下落、ほとんど収穫されない白いイチゴの価格高騰、東京駅記念Suicaの価格高騰、株価や為替、金やプラチナの値段。

世の中の全ての価格が、需要と供給によって決定されていきます。

merumaga

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